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年長の皆さんと触れ合うたびに、彼らの偉大さを思い知る [探Q舎]

年長の皆さんと触れ合うたびに実感することがあります。

そう、一人一人の人間としての、
彼らの偉大さを思い知るのです。

かわいらしい外見に惑わされずに、近い将来立派な人物になられる一人の大人として、
真摯に謙虚に接しなければと、心を引き締めます。

人は、幼い頃から観察眼鋭く、筋が通っていないことにとても敏感で、
高い思考が脳内でたしかに巡っているということです。
もしかしたら、大人以上に鋭く、本質を見抜く力があるかもしれません。


改めて、友人たちの幼少期のお話を伺ったりしながら、
幼稚園や保育園の時代には、みなさん頭の中でどのようなことを考えているのか
自分のこと、友人たちのこと、を振り返ったりしました。

そうすると、大人が想像している以上に小さな頃から、
筋道立てて考えている、
物事をもの凄く観察している、ということが改めてわかります。


皆さんの3歳〜6歳頃の記憶はいかがでしょうか。
きっと、上記のことに同意していただけるのではないでしょうか。



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いにしえの時代、
3歳や5歳といった時期には、
既に四書五経や論語を音読、暗唱したりも決して珍しくはなく・・・

あるいは、新渡戸稲造の武士道に記されているように、
たった5歳にして立派に切腹したという話しがあるほど、
身体は小さいけれど、精神は大人並みってことも・・・
決して珍しくはなかったといいます。

言うまでもなく、昔と今では、なにもかも全く違う状況ではあります。
当然ながら、時代が変われば、人がおかれているあらゆる環境も違います。

平均寿命が格段に伸びていることが関係するのかしないのか、
今の五歳と昔の五歳
今の十歳と昔の十歳、
今の二十歳と昔の二十歳では、

たしかに、人間としての成熟度が随分違うようにも思います。

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しかしながら、"人間の本質"はどうでしょうか。
時代が変わっても、人間の本質は変わらないような気がします。

実際のところ、"教育の違い"が大きな差を生んでいるようにも思えます。
すなわち、かわいらしくておぼこい外見に私たち大人は騙されがちなのではないかと・・・

もちろん、まだ語彙力や伝える力は足りないのだけれど、
脳の中では高い思考がたしかに巡っているということを
見逃しがちであるということに・・・・・

お子様たちと接する機会をいただくたびに、
このような考えを巡らせるのです。

言葉ではおっしゃいませんが、鋭い視線で、大事なことをご指摘いただくこと、しばしば。
きらきらとした美しい目で、
「ちょっとちょっと、先生、しっかりしてくれないと!!」と、強く訴えられ、
お叱りをうけることもあったりなんかします。

そういえば、自分も四歳頃の記憶を遡れば、そのように思って心の中で突っ込んでいたっけ。
「まあ、先生もただの人間だから、しかたないよね、いろいろあるよね・・・・」と。

授業の中で、ここまで触れるとさすがに難しいかな、と思い、
一段階低い所で留めておくと、
「どのようにしてそれが分かるの?どうやって調べたの?」って尋ねられたり。
それが、本質を突いているので、もうタジタジです。

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昨今、
ジェームズ・J・ヘックマン氏の「幼児教育の経済学」や
中室牧子氏の「学力の経済学」など、
多くの本で、教育の中でも、幼児教育が最重要であると説かれていますが、

今一度、幼児教育という枠に閉じこめずに、人間教育として大きな枠組みで捉え直せば、
新たな方向性を見出せるかもしれません。

幼児を幼児としてだけではなく、一人の人間として向き合う姿勢をもつことによって、
認知能力、非認知能力といった視点からさらに、
人間力という原点に立ち返ろうと思うに至ったわけです。









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