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『きつねやまのよめいり』(こぐま社刊) [読書]

「きつねやまのよめいり」(こぐま社刊)
本作品はサンケイ児童出版文化賞受賞作品です。
絵もとっても良い雰囲気です。

絵本作家のわかやまけん氏は、1930年岐阜県岐阜市生まれ。
グラフィックデザインの世界から子どもの本の世界へ。

「こぐまちゃんえほんシリーズ」(こぐま社刊)が有名ですね。




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この夏、他県から通って下さった探Q生さん。



学校の宿題の感想文のために、
こちらを選ばれたそうで絵本をお持ちになって現れました。
こぐまちゃんは知っていましたが、こちらは初めて出会いました。
静かなタッチながら、いや、静かで穏やかなタッチだからこそなのか、
読者に厳しく訴える力、エネルギーのみなぎる作品です。


この作品中では、絶対にキツネではなく、"きつね"だよね、そう感じました。
まるみがあって、やわらかな印象の”きつね”
日本の里山に似合う昔ながらの姿の"きつね”です。



わたしは、一匹目の沢山の力強く輝くちょうちんと、
最後の五匹目のきつねにおおごとが襲いかかったあとの、
きつねたちの揺れ動くちょうちんを対比した、描写が気に入りました。
幻想的な雰囲気がなんともいえません。



*この作品ご興味のある方は、実際に手に取られてお子様とともに味あわれてから、
以下、ご覧下さい。ネタバレ注意です。


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音読したり、読みきかせしたり、
考えきかせ (読みきかせしながら考えをきかせる手法です)したり、
何度もじっくり考える時間をとりながら進めました。


絵もじっくりながめるとなかなか面白い発見がありました。
作者の細部に至るこだわりが感じられます。
秀悦ですねえ。


内容を整理するため、五匹のきつねのよめいり情報を整理整頓して比較していきました。
四つの山のイメージをしっかり抱いて、遠回りする光景を描きました。
山のネーミングも面白く、そのこだわりにも触れて探Qしたかったのですが、
とてもとても時間が足りませんで。

1匹目から5匹目になるにつれて、人間の自然への侵略が日に日に増して行く様子や、
きつねの心情が悲しく揺れ動いて行く変化の流れをイメージしていただきました。



鍵となるのは、五匹目のきつねの運命のゆくえについてです。
ダダンという音。
そのとき、一体にきつねの身に何が起おこったのでしょうか。


なぜちょうちんはその場に残っているのに、
きつねの姿は突然消えてしまったのでしょうか。



自分たちで音を作って擬音語にしたり、文字に変換してみたり、
また逆に文字で書かれた擬音語からそれに合いそうな音を創ったりしてみました。


目をつぶって最も適する効果音を探し、本の中の音を再現し、

突如として、五匹目のきつねに襲いかかった運命とは・・・
どのようなものか、探Qしました。


本の中にある、ダダンという音にピッタリの効果音を探し続けて、
一緒に目をつぶって何度も聴いてみました。



探して探して、およそ15分ほど経過。
自分たちの心に浮かんだ音とそっくりな音に出会えました。
そう、この音ですよね、きっと。



きつねにおこったことは・・・


ごひきのよめいりぎつねの気持ちになったり、
お祝いする立場のきつねの気持ちになったりしました。





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もちろん、解釈はいくつもあることでしょう。
読者の数だけあるのですね。
作者は、読者に解釈を委ねていますから・・・

そして、作者は、2015年に亡くなっています。


そこが本の面白いところです。




しかshながら、物語のテーマが自然破壊で、
一匹目から五匹目までのお話の流れで、おおかたの方には、
ある程度共通したシーンが浮かぶのではないでしょうか。


突然、きつねに襲いかかった運命。
大きな力に巻き込まれ、決して逃れらなかった運命。

銃や鉄砲に打たれたとお考えになったみなさんは、
本物の鉄砲か、麻酔銃かどちらだと思われますか。


自然の動植物への人間の侵略にあり、徐々にその侵略の度合いが強まっていました。
麻酔銃で一発銃撃し、キツネを連れ去ったのかなと思いました。
麻酔銃ですと血痕などの痕跡も残りませんし、麻酔にかかったキツネを連れ去ると
跡形も残らないでしょう。


鉄砲の玉が一発命中し、即死といったことも考えられますが、
この場合、血液がしたたり落ち、雪の上に鮮やかな赤が瞬く間に広がり、
あまりにも衝撃的な映像が否応なく映し出されてしまいます。
滴り落ちる血が、連れ去られた方向を指し示す道しるべとなり、
遺されたきつねたちは、その意味をすぐさま察知するでしょう。



自然破壊、人間の身勝手さ、視野狭窄に警笛を鳴らす本書ですが、
もう一方で、いのちの最期という大きなテーマも提供していないでしょうか。



ここで、どちらがより残酷かを考えてみたいと思います。

麻酔銃の銃弾か、本物の銃弾か、どちらが残酷ですか。
これは答えが人それぞれかもしれません。


遺されたきつねたちの立場に立ってみれば、前者の方がより残酷な結末にも思えます。
なぜ?を解決できない苦しみ、痛みです。

真相未解明の過酷さ、辛さです。






ここで、自然災害や事故等が降り掛かった遺族たちの身になってみましょう。
何がどうなったか不明のまま、遺された家族の方々。

災害等の行方不明者。
事故や事件で大切な人を突如なくされ、再会できない遺族の人々の気持ち。
連れ去り、震災や火事、凶悪な事件などなどが頭にうかびました。
最期を見届けられなかった苦しみ。
死を受け入れるまで随分長い時間を要するといいます。
どこかで、生き続けているに違いないと信じ続けてしまうという人間の心の純粋。


今まで当たり前のように存在して、強固な絆を築いてきた関係の中で、
その大切な存在が突然消えるということは、本当に想像を絶する悲しみでしょう。

最後の姿を見届けられない悲しみはいかほどのものか。


そのように考えると、簡単に比べられないような気がします。






なにも残されたものがない。
ただ、ひとつの重いいのちが姿を消した。

これほど残酷なものはないのではないかと・・・

一見残酷ではあるものの、
遺されたきつねたちのこれからのことを考えると、


血液がたった1滴でも落ちていた方が、
きつねたちの心は救われたのではないか。

きつねたちが、彷徨い続けているエンディングは強烈でした。


一体、どちらが生きていて、どちらがそうではないのかわからないぐらいです。
一匹のきつねがどこかの世界で活き活きと生きていて、
遺された全てのきつねたちが、この世界で苦しみながら生き地獄を彷徨っているように感じました。


やり方によっては、
生きること、死ぬことまで、
とことん探Qを深めて行ける良書だと思います。



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もう一回、授業ができれば、このような対話を深めていけたのですが、
半ば強引にケリをつけねばならず、とっても残念でした。

大切な存在を探し続けるこのきつねたちのように、

わたしたちの学びにもまた、際限がありません。
終わりのない旅です。

きつねたちがきつねやまを、探し続け、歩き続けるように・・・





こちらも貴重な学びを沢山させていただけた豊かな夏休みでした。

今日から、公立の学校も学校ですね。
朝7時半から授業ができた夏休みは最高でした。
しばらく、午前から夕方まで子どもたちロスになりそうです・・・・


寺子屋の宿命ですね。


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