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"初めて"は良い響きだ [ジャンク]

犬山市に初上陸しました。

初めて、はとても楽しいですね。
初めての土地っていいですね。
初めての出会いっていいですね。

とても刺激的でした。
心新たに、明日も、初めて、にチャレンジの予定です。

あなたの明日の初めてはなんでしょうか。

まあ、毎日が初めての日なんですよね。
初めては、良い響きです!

悲しいニュースも重いニュースも多いですが、
自分ができるベストをやりつづけたいです。
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深い学びへのヒントを探る [探Q舎]

映画のエンディングにもなっていたと思いますが、ご存知ですか?
「決められたリズム by 井上陽水」

美しいメロディと歌詞に乗ってすこーし振り返ってみます。


小・中学校の時代で学んだ中で、"生きた知識"ってどれくらいありますか?
小・中学校の時代で記憶に残っている印象深い授業はありますか?


印象に残っている授業、景色、場面、言葉、心情。
特定のキャラが濃い先生の言動や、
好きだった教科、嫌いだった教科、
特に思い出深い単元などがあるかもしれません。


あるいは、もっと細かいところで、例えばこんな感じのこと (私のことではないです)。
エピソード記憶を掘り起こしてみましょう。


美しい証明問題に初めて出会ったときのこと、
友だちが放課後長い間、苦手な算数を付きっきりで教えてくれたこと、
道徳の授業で珍しく深い話しになったこと、
クラスのメンバーが脱線して、とてもイイ話しをしてくれたこと、
体育の授業で、クラスで一番速く走れたこと、
これまで全く知らなかった新たな世界を知ったとき、
酸素や二酸化炭素がこんなに簡単につくれると知ったこと、
ずっとできなかった技が初めてできたこと、
自分が漠然と考えていた考えが、過去の偉人の哲学者と全く同じだったこと、
全然関係ないと思っていたこれまでのいくつかの知識が、突然ピタッと繋がったこと、
友人や先生のこれまでにない思いがけない一面を垣間みたこと、
友だち同士で意見が対立しもの凄い喧嘩になったこと、
友だちのキラリと光る答えに参ったこと、
クラス全体をドカンドカンと笑わせたこと。


授業の本筋とは違うところでの、突然降ってきたような偶発的な学びも多いとは思いますが、
重要なポイントの一つは、"思いがけずどこからかやってきた ゆさぶり"でしょうか。
思いがけず、突然やってきて、何かが揺さぶられる瞬間、ここで何かが変わる。
深い学びがおきるきっかけになる。
そのように思います。

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いきた学びとは、
その後に影響を与える学びとは、

授業の先をイメージして、その後を大切にしたいです。
いきた授業、子どもたちに価値を提供する授業。

それは、どのようなものかを考えるとき、
自分たちはどうだったのかについてしばしば振り返ります。

そして、たしかに何かを学べる いきた学びへの道は。。。。
もしかしたら、一つのヒントとして、決められたリズムの中での、
決められていないリズムの方に鍵があるのかもしれません。


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鍵と言えば、、、
補足ですが、『鍵の数』も深イイです。
ご興味ある方は、ぜひ。

涙が出るかもしれませんので、要注意です。





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ゲームバランス [ジャンク]

ゲームバランスとは、ゲームの難易度と快適さについてのバランスを指す言葉である。
難しすぎても、容易でもゲームは面白くない。
適度な難易度かつ適度な快適さというバランスが重要と言われる。
ゲーム用語だが、授業にもライフにも当てはまる部分がありそうに思う。


面白いゲームとは、楽しいゲームとは、
面白い授業とは、楽しい授業とは、
面白いライフとは、楽しいライフとは、

技術革新が目まぐるしい昨今。

とはいえ、さすがに、人間にとっての面白さ、楽しさを測定するのは容易ではなかろう。
仮に、面白さ、楽しさを数値化?データ化?し評価できるとしても、
きっともう少し先のことだと思う。


ここのところ、AIとどのようにつき合っていくかというところで不安を煽るような話題が優勢であるが、
それほど心配する必要がないのではないだろうか。

今、まさに過渡期にあって、最も意識を集中すべきは、ほんとうに大切にすべきは、何か。
それは、AIの台頭如何を問わず、それ以前に一人一人の人間が、人生が自分に何を求めるのか、
について真正面から向き合い探究することであるだろう。
そうする中で、AIとのつき合い方、AIの上手な使い方の答えが自ずと出るように思う。


この時代に生きる私たちにとっては、

便利さ、快適さを追究するのは、当然のことである。
面白さ、楽しさを追究するのも、当然のことである。

便利さ、快適さを追究しつつ、
ただし、面白さ、楽しさを味わえる領域は、AIに渡さずに死守しよう。
一見無駄と思えるプロセスそのものの中にも、大切なものもあることもある。
ひとそれぞれ、それは違っているかもしれない、なにかしらの余白のようなものは
今後いくら技術革新が進んだとしても、人間にとって価値がありそうに思う。
息が詰まらない程度に、プロセスそのものを楽しみ味わう、そんなゆとりも大切だろうと思う。
時には、敢えて鈍行で旅をしながら車窓を眺め、旅の会話を味わうようなものだろうか。


人間らしくあるために、自分らしくあるために、失いたくないもの。
AIに奪われたくないもの、があるに違いない。
もしかしたら、それは、便利さ、快適さと葛藤することになるかもしれない。



自分らしくあることは、自らの心身を資本として、価値の創造することに繋がる。
何かを提供すること、何かを残すこと。

たしかな、着地点を見定めたとき、
きっと、AIをがっちりと味方につけられるだろう。


これからの時代、私たちのライフはゲーム性がますます高まっていくように思われる。
ひとりひとりが、ゲームを満喫しながら、野心をもって、
想像力、創造力を発揮できるようにもっていければベストである。
そうすれば、たしかに、あかるい未来は開かれるだろう。




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