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琢磨コースの皆さんの春休み [中高生]

琢磨コースの皆さんの春休み。
新2年生、新3年生。

琢磨コースで学ばれる中学生さんたち、
この春休みは、勝負の時期です。
1年生の復習、1,2年生の復習にもってこいです。

成績を見直したり、日頃のスケジュール、学習計画を見直したりして、
今後の目標も考えられたようです。
振り返りのパワーは恐るべし。霧が晴れて歩む道が明確になりますよね。



各自、春休みの課題を選んでとっつきやすいところから順番に好きなものを好きなだけ
やってくるという方式にしました。


やはり、自主性を大切にしてほしいからです。
自分で決めて、自分で行動して、自分で責任を取ること、
学ぶのはまぎれもない自分自身のため、
自分の自分による自分のための学びであることを実感いただきたくて。

私には、これこれこういう教材を用意しろ、ぐらいでかかってきてほしいと伝えました。
(小学生さん達は皆さん、三回目の授業から自然とそうなることも同時にお伝えしまして。。。)


春休みの授業は、もっぱらこれまでの総復習です。

試験になると緊張されて実力を発揮しそびれる傾向があるので、
試験慣れしていただくため、緊張感を持って模擬テストもしました。


また、普段の学校の授業ではなかなか学習の機会がないとおっしゃる長文読解。
新3年生たちは、この春休みの英語の時間の大半は長文読解と英作文です。

自信がないとおっしゃっていた長文読解も、この2週間ほど数をこなすに従って、
徐々にできるようになってこられました。


ご本人様たちに、心身のゆとりあるこの春休みの時期にこそ、
このような強化トレーニングを集中して取り組めることが効果を発揮すると考えております。


ご本人達も、思いのほか早く手応えがあったようで、
ときおり笑顔もみられ確かな自信がつきつつあるようです。

後半戦では、もっと、
やればできる!という確固たる自信をお一人お一人にゲットしていただきます。
探Qッ子には、一人残らず。


春休み後半の伸びがどれだけ出るか、楽しみです。

課題をどれだけこなしてくださるか、それは、わかりません。
しかしながら、みなさまの自主性にお任せしましたから
信頼、信頼、そして、信頼。

それしか、ないでしょう。


それでは、後半戦。
みなさん、よろしゅう、たのみます。







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大前研一氏の記事_生徒たちの未来を見ていない「新学習指導要領」の罪深さ [記事]

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大前研一氏の記事です。

https://www.news-postseven.com/archives/20180401_662415.html

生徒たちの未来を見ていない「新学習指導要領」の罪深さ
2018.04.01 07:00


 2022年度から実施予定の高校の学習指導要領改訂案が2月半ばに発表された。そこには「知識の理解の質をさらに高め、確かな学力を育成」「知・徳・体にわたる『生きる力』を子供たちに育む」「主体的・対話的で深い学びの実現」といった美辞麗句が並んでいる。だが私は、この新指導要領が生徒たちに壊滅的な悪影響を与えるのではないかと危惧している。改訂案は21世紀の世の中に全く対応できていないからだ。

 これからの教育に求められるのは、児童・生徒一人一人の長所や特性を把握し、それに合わせた個別のプログラムで能力を伸ばしていくことだ。子供たちの将来は答えがすべて違うのだから、教え方もカリキュラムや時間配分も個人によってすべて違うべきなのである。生徒本人の希望を聞きつつ学ぶ意欲をかき立て、その子が2040年に活躍している姿を思い描きながら個々の能力を伸ばしていく──。それこそが今後の教育に求められることなのだ。

 たとえば、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターの樫本大進さんのような世界的に活躍している音楽家、あるいは平昌五輪で金メダルを獲得した羽生結弦さんのような傑出したスポーツ選手を育てるのと同様に、「この子はどうすればもっと能力を伸ばして世界で活躍できるようになるのか」と個別に考えるテーラーメイドの教育をすべきなのだ。

 そのためには、2040年代にどんな職業が必要なのか、AIに置き換えられないのかということを見極めなければならない。たとえば、ドイツは「デュアルシステム」(義務教育終了後、職業学校に通いながら企業内で職業訓練を受ける二元的なシステム)によって、350の職種ごとに専門教育を行なっている。それと同じように、日本も2040年代に有力な職種を500くらい想定して生徒を指導していくべきなのである。

 また、当然それを踏まえて、その指導ができる先生を個別に養成していかねばならない。大量生産・大量消費、欧米に追いつき追い越せの時代とは背景が抜本的に違う。コーチングやメンター的な資質が重要になっていくと思われる。

 ところが、文科省が学習指導要領でやろうとしているのはそれと全く逆である。「上から目線」で一律に国語表現4単位、数学Iの3単位、物理基礎2単位……などと規定して、改訂といっても単に今までの延長線上で教師や親の意見を聞きながら微修正しているにすぎない。また、日本版デュアルシステムと称する制度もあるが、その中身は専修学校などを通じた付加的な職業訓練であり、ドイツのそれとは似て非なるものだ。

 今回の改訂案について「教員の意識をどう改革するか」という報道もあったが、その発想自体が間違っている。すでに本連載で紹介したデンマークの先進的な教育改革を見ればわかるように、そもそも教科を教える教員は要らなくなる。21世紀は答えのない時代だから、子供たちが皆で考えて議論し、自分で答えを導き出す力を身につけられる教育に転換しなければならない。そこでは教員の役割は無限に小さくなっていくのである。したがって、教員の意識改革などという「上から」の教員本位の考え方は逆さまにすべきなのだ。

その一方で、文科省は国際バカロレア(IB)認定校の拡大も進めている。しかし、IBは学習指導要領や文科省検定教科書の対極にある。IBの認定を受けるためには、学習指導要領に基づいて教えたり、教科書を使ったりしてはいけないのだ。学習指導要領と検定教科書は全体主義的教育の象徴であり、日本人の潜在能力や可能性を冒?し、完全に否定するものである。

 今回の改訂案は「生きる力を育む」というが、その「生きる力」とは何かが文科省は全くわかっていない。泳ぐ能力がない生物が海に放り込まれたら、溺れて死ぬ。それと同様に、新学習指導要領で育った子供たちの多くは、社会に出た瞬間にシンギュラリティの世界に放り出されて、野垂れ死にするだろう。それほど罪深い誤った教育をしているということに、文科省も親たちも気づくべきである。

※週刊ポスト2018年4月6日号

https://www.news-postseven.com/archives/20180401_662415.html?PAGE=3
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国語力に自信をつけたいというお子様 [探Q舎]

大人しく、口数が少なく、国語に自信をつけたいと仰るお子様。
ご自身の中ではしっかりと自分なりに考えて意見をお持ちですので、
それを素直に表現することができればいいなと思います。

何とかこの辺りをサポートできればイイですね・・・


今よりも国語力に自信がつけば、一気に表現する楽しさを体感できるのではと思われます。


新年度、読、書、話、聴、バランスよく、強化する強化月間に入りましょう。


ご本人様、理科が大好きなので、理科系のリクエストが山ほど押し寄せるのですが、
裏方としては国語力に自信をつけるというテーマをこっそりと掲げつつ、
進めてみましょう。

こちらもどうなることでしょう。

毎回の授業の中での、お子様の反応を見ながら調整して、
歩み寄って行ければと考えています。



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お絵描き大好きなお子様への挑戦 [探Q舎]

お絵描き大好きなお子様。
毎回、一枚ささっとお絵描きされます。

課題の合間などに、気分転換するためなのか、
精神的に解放したいという無意識が働いているのか、
自分の中に表現したいもの、アウトプットしたいものが溢れて仕方ないのでしょうか。


毎回、オリジナルと言う訳ではなく、ときには既存のキャラクターだったりするので、
ただ、好きなように、好きな時にお絵描きしたいという
シンプルな欲求なのかもしれません。


毎回、一枚描くと満足されるような感じで、ある意味大変安定感があります。
面白い現象ですので、ここ数回はお子様の主体性に任せてきました。


でも、そろそろ、このお子様のこの特徴を活かして、
ただのお絵描きで終わらせずに、次回から少し工夫を凝らして、
深い学びに繋げられるような方法をトライしたいと考えています。


さてさて、この挑戦はこの先どうなることでしょうか。
思惑通り行くかどうか、楽しみです。

ただ、現在の、お絵描き大好きという、ピュアな気持ちを大切に、
壊さないように気をつけないといけませんね。

要注意です。



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小さいながらも活躍 [探Q舎]

秋から育てているハエトリソウ、
寒さ厳しい冬をなんとか乗り越えてくれました。

小さいながらも、子ども達に大切なことを教えてくれています。

やはり、生き物の成長をこの目で観察し続けるってほんとうに大切ですね。

中学年以降だと、動物とはまた異なる植物ならではの趣を感じてくれているようです。

こういう体験は、暗記ものの学習の効果測定とは正反対に、
数字では表しにくいですし、すぐに効果を確かめることはできないのですが、

きっと今後も彼らの中に生き続けてくれるのでは、と信じています。


何か、残り続けるものが、そこにはあるのではないでしょうか?
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